水を探る
AQUA / Research / Talk: 4
九州大学先導物質化学研究所
田中賢教授に聞く(後編)
llustration: HIROMI CHIKAI
田中賢教授に聞く(後編)
Talk: 4 2/2
九州大学先導物質化学研究所 田中賢教授に聞く(後編)
photographs: HARUYO ITO
病気の予防や治療へと
つながっています
体内の水は分子レベルで見ると、「不凍水」「自由水」「中間水」という3つの異なる姿で存在していた──生体親和性のある材料にしかできない「中間水」という水を発見し、その本質を解明し続ける九州大学先導物質化学研究所の田中賢教授のお話は、中間水の肌への役割や可能性から、病気の予防や治療法へと広がっていきます。
前回、肌と水のお話は非常に面白いと思いました。もしかしたら中間水で化粧品ができれば効果があるのではないか、と妄想したり。
田中そうですよね。肌の内部の水を単なる水ではなく、不凍水、中間水というレベルまで落とし込んで定量化していくことによって、肌の健康度みたいなものが議論できるようになるかもしれないですね。
美肌の鍵を不凍水や中間水が握っているとしたら面白いですね。生体親和性がない材料には中間水はできないとおっしゃっていましたが、ということは中間水には何か重要な役割がありそうですね。
田中はい。中間水は、血液細胞やタンパク質が材料の表面とどう作用し合い、付着するかを調整していると考えられていて、生体の中ではバリアのような働きをしているのではないかと思っています。中間水を形成する材料同士を近づけると反発し合うんですね。生体内で、物質同士がくっついたり余計な反応を起こしたりするのを防ぐバリアの役割があり、バリアとして働きながら、ある特定のシグナルだけを通すといったそんな役割があるのではないかと考えられます。生体内のタンパク質や多糖類、DNAなどの物質によって、その周囲に形成される中間水の量が異なると話しましたが、細胞の表面のリン脂質には中間水が非常に多いんです。
細胞と細胞、生体内の物質と物質などがくっつかないような働きが中間水にあるということでしょうか。
田中中間水の量が多いと相互作用が起きないけれど、少なくすると相互作用が起こり始める。細胞膜のリン脂質の表面は非常に中間水が多いため、何もくっつけないのだけれど、糖鎖のところで分子を認識して、必要なものだけを必要なときにくっつけるということを行っているのだと考えられるのです。
細胞膜表面のリン脂質の外側で、さらに中間水が守っているということでしょうか?
田中まさにそういうイメージですね。
水が体の中でそんな役割をしているとは驚きです。先ほど、生体内でも中間水の多い場所と少ない場所があるとおっしゃっていましたが、バリアという役割が必要なところに多いということなのでしょうか。
田中例えば、血管の内側には血管内皮細胞という細胞がいて、ここに中間水が多く存在していないと、血栓ができて血管が詰まってしまいます。つまり、血管内皮細胞の表面には中間水が多く存在します。つまり中間水は血管内で細胞や物質を付着させないようにすることで、血栓ができたり血液を凝固させることを防いでいるわけです。逆に血管の外側は線維芽細胞や組織とくっついていますので中間水は少ない。これが典型的な例で、何かがくっつきたくないところに中間水が多くできていて、くっつき合いたい部分には中間水は少ないということです。
血管内皮に中間水が多いかどうか血液から中間水を測れるような装置が誕生したら、究極の健康診断ができそうですね。少ないと血栓ができるリスクがあります、といった……。
田中そうですね。血管内皮細胞の表面の中間水量を定量化できれば、究極の健康診断が実現すると思います。日々モニターして経時変化を取っていけば、脳梗塞や心筋梗塞の予測ができると思うんですね。脳梗塞や心筋梗塞の患者さんは多いので、予測や治療ができたら素晴らしいですよね。また、老化の予測にもなるかも知れませんね。
中間水は、さまざまなことに応用できそうですね。
田中実は、がん細胞にも中間水を応用できることがわかってきているんです。
がん細胞ですか? どういうことでしょうか。
田中中間水が多い場所は、物が吸着しづらいと先ほどお話ししましたが、どんな相手であろうと吸着しないという傾向があります。一方、がん細胞の表面にも中間水はできるのですが、正常細胞よりは量が少ないという可能性が見出されました。そこで、中間水の量を調節することで、正常細胞はくっつかないけれどがん細胞がくっつく材料を開発することができたんです。それを利用して今、がんの個別化医療に展開しようと臨床試験を進めているところです。中間水の量に着目すると、できることがだんだんわかってきて、中間水から特定の細胞に対する付着性が解明されたりすることで、より広い医療への応用が可能になると思います。
がん細胞だけにくっつく材料が中間水の量で決まるというのは面白いですね。先生が開発された医療材料のように、中間水ができる量が多ければ生体に適した良い材料である、というスクリーニングもできるわけですよね。
田中そうですね。「中間水コンセプト」という考え方なんですが、中間水を用いたスクリーニング技術を確立することで、医療現場で必要としている安全で高機能な材料が提供しやすくなると考えています。私たちが開発したPMEA※2は中間水を形成する材料で、すでにECMO※1などの医療機器に採用されていますが、それ以外にもステントやカテーテルなどの医療機器にとって、血液細胞の付着を抑え、血液の凝固を防ぐ中間水の性質は、とても役に立つと思います。しかも、私たちは高分子だけに中間水ができるとさまざまな実験から考えていましたが、面白いことに、生体内の場合は、低分子でも中間水ができることがわかってきたんです。
それは生体内に限る、のですか?
田中そうなんです。例えば、ATP(アデノシン三リン酸)などは分子量500ぐらいで小さいのですが中間水ができる。これも実は新しい発見で、生体内だと低分子の例えばアミノ酸やペプチドにもちゃんと中間水ができるので、その側面から生体内高分子を作る低分子と、合成高分子を作る低分子では水との関係性に本質的な違いがあるのではないかと思っています。
私たちの体の多くは水分ですが、その中で水が実際にどのような役割を果たしているのか、中間水の研究が鍵を握っていそうですね。
田中その解明のきっかけになると考えています。水は、生きているもの全てに共通しています。植物にもやはり不凍水、自由水、中間水の3種類があり、植物の種類によってそれぞれの水の量が異なる。例えば砂漠に住んでいる植物はおそらく不凍水がたくさんできるような仕組みになっていて、一方、水が豊富に存在するような環境に生きている植物は自由水の方が多いとか、環境適応のために異なっているのではと推測しています。農業分野や食品分野でも中間水の研究を生かすプロジェクトが始まっています。
水を分子レベルで見ることで、今後もすごい発見が待っているような気がしてワクワクしますね。
田中そうですね。中間水については未知の部分が多いので、解明を続けて中間水コンセプトを完成させるのが当面の目標です。学生にもよく言うのですが、やはり研究にはオリジナリティが重要で、独創性や新奇性に富んだコンセプトを作ることが一番大事だと思うんです。そのためにはかなりの実験を積み重ねなければなりませんが、諦めずに続けることで新しいものが見えてくる。私自身も、基礎研究を続けながら、患者さんなど必要とされている人々に貢献できる医療製品を生み出していけたらと思っています。
*2 PMEA=合成高分子のポリ (2-メトキシエチルアクリレート) タンパク質が吸着・変性せず細胞を活性化させない材料。血液適合性(抗血栓性)ポリマー。
水ってなあに?
アイルってなんだ?
私たちの命に、生活に必要な水のこと。まだまだ知らないことだらけの「水」について、さまざまな角度から見てみましょう。
-
第6回:体に占める水分の割合 年齢や性別によって変化する。そのワケは?
What’s Water?… 2024/11/14
水を探る
さまざまな角度から水を研究するエキスパートの方々にお話を伺い、水の不思議を探っていきます。水と水に関わる全てがテーマ。ホットな研究の話も満載です。
-
山本 智教授に聞く 勢いよく飛び回る、ベタ〜ッと広がる 分子シミュレーションで見る水の姿は想像以上にユニークです
Talk: 6 2024/07/04
水を知る
ここでは私たちの生活や環境、健康と水の関わりをわかりやすく伝えていきます。水のことを知ると自分の体についてもいろいろなことがわかってきます。
-
水と体 やっぱり水にリラックス効果。眺めるだけで血圧も下がる
Human Body 2024/09/30 -
水と体 プールに入ったときの鼻に「ツーン」は危険を察知する生体シグナル?
Human Body 2024/08/27 -
水と地球 バーチャルウォーターで身近に感じる世界の水不足
Earth 2024/08/01
水と遊ぶ
-
インタラクティブCG 砂漠が微細水の海に浸され始めたらカーソルを動かして波紋を作ることができます
WebGL 2021/04/12