水を探る
AQUA / Research / Talk: 3
野村皮膚科医院
野村有子院長に聞く
llustration: MOMOKO NEGISHI
野村有子院長に聞く
Talk: 3
野村皮膚科医院 野村有子院長に聞く
photographs: HARUYO ITO
潤っている肌は、美しく健やかですが、その潤いを担うのが「水」。でも、肌が自ら潤う機能や能力が衰えるのは、加齢だけでないさまざまな要因があり、肌のために良いと思って行っているケア方法や環境が実は肌に負担をかける原因になっていることもあると、野村皮膚科医院の野村有子院長は話します。アトピー性皮膚炎や肌トラブルを抱えた患者を多く診る野村院長に、肌と水のお話からコロナ禍での正しいケア方法までたっぷり伺いました。
肌には潤いが重要とよくいわれますが、肌にとって水はどのような存在ですか?
野村私たちは水がないと生きていけないように、肌にも水は不可欠な存在です。表面がきめ細かくふっくらとした肌はきちんと保湿され潤った状態といえます。肌の中には天然保湿因子*1などの水を抱え込む成分が存在していて、潤いをキープしてくれます。また、コラーゲンやエラスチンなどの繊維が肌を支えて弾力を与えてくれます。肌の一番外側の角層の細胞の間を埋める細胞間脂質や表面を覆う皮脂膜などの脂は、水分を逃がさないように働いています。このように整った肌はバリア機能が保たれていて、外の刺激から守られているのです。
肌の潤いにはバリア機能が重要なのですね。
野村そうです。加齢によって天然保湿因子や皮脂、コラーゲンやエラスチンなど肌の構成成分はすべて減少するので、肌の水分量は減って保湿が十分にできなくなってきます。その結果、バリア機能が低下してかさついたシワシワの肌になってしまうのです。また、ターンオーバーという肌の新陳代謝のサイクルが加齢とともに乱れることも保湿力低下の一因となりますが、実は加齢だけでなくそのほかにもさまざまな要因が考えられます。
たとえば、紫外線などですか?
野村もちろん紫外線は肌へのダメージが大きいです。また、乾燥した環境も肌トラブルを引き起こしますし、生活習慣の乱れや過剰なストレス、さらには普段のスキンケアの方法が負担となりかえって肌が荒れたり、うまく保湿できなくなることもあります。
肌を取り巻く環境や生活習慣も重要なのですね。
野村もともと、生まれてから2〜3歳までは皮膚の厚みは大人の半分といわれていて、バリア機能も弱いため乾燥しやすいんですね。それが小学校高学年から中学生ぐらいにかけて、男性ホルモンや女性ホルモンが活発になり、皮脂の分泌が増えてニキビができる年ごろになると、潤いを保ちやすくなります。女性の場合は、22〜25歳ぐらいが最も潤う時期といわれていますが、それ以降はその状態をいかにキープできるかが大切となります。いろいろな要因が肌ダメージを引き起こすので、患者さんには「年のせい」という言葉はNGだと伝えています。悪くなる要因を減らして、なおかつ正しい保湿ケアをすることで、肌は美しくなる可能性を秘めているのですから。
アトピー性皮膚炎の患者さんを多く診ていらっしゃいますが、アトピー性皮膚炎の場合、肌のバリア機能が低下しているわけですよね。
野村皮膚のバリア機能が低下しているところに、いろいろな物質が入り込んでアレルギー性の炎症を引き起こすといわれていて、かゆみを感じて引っかくことでさらにバリア機能が低下して悪循環に陥ります。アレルギーを引き起こす物質(アレルゲン)はひとつだけでなく、ダニやカビ、黄色ブドウ球菌、花粉、食物、金属などさまざまなものがあり、患者さんによっても異なります。アレルゲンをきちんと調べて取り除くことも治療を行う上では大切なことです。
患者さんによって原因も症状も異なるのですね。
野村その通りです。また、アトピー性皮膚炎には遺伝的な要因と外因的な要因があり、たとえば、遺伝的にフィラグリンというたんぱく質がつくられにくい人もいます。フィラグリンは皮膚のバリア機能に必須のたんぱく質で、これが不足するとバリア機能が低下しやすくなり、回復も難しいためそれに適した治療が必要です。一方、保湿ケアをしっかり行うことで改善する人も多く、本当に患者さんによって症状が異なりいろいろなタイプがあるので、一人一人にきめ細かい治療が必要なんです。
健常な肌でも保湿ケアは必要なのですね。
野村そうですね。バリア機能が保たれていれば保湿ができている状態ですが、先ほどもお伝えしたように、加齢以外にもさまざまな要因でその機能は衰えやすいため日々の「保湿ケア」は必須です。生活環境にも注意が必要で、部屋の温度には敏感でも湿度はあまり気にしない人が多いのですが、冬は湿度が40%以下だと肌から水分が奪われやすくなるので、50〜60%ぐらいにするように心がける必要があります。夏は反対に空気中に水分が多くなりがちですが、湿度が高すぎてもカビが生えやすくなるので、「適温適湿」を心がけてほしいですね。
夏は汗が気になりますが、汗は肌ダメージの原因になりますか?
野村いえ、本来、汗は肌の味方です。尿素などの保湿成分や抗菌ペプチドなどが含まれ、皮膚を健康に保つ働きがあります。暑いときに汗をかくのは体温を下げるためで、汗をかけないと熱がこもってしまい熱中症の危険にさらされることになります。問題なのは、汗をかいたままにしておくことです。汗が付着したまま放置すると皮膚がアルカリ性に傾き、ブドウ球菌などの肌の常在菌が増えすぎて悪さを働くことがありますし、汗が詰まってあせもになったり、塩分も刺激になってしまいます。汗を拭くときは乾いたタオルではなく、タオルを水で濡らしてやさしくおさえるように拭き取るのがおすすめです。
私たちの日々のお手入れ、たとえば、洗顔などで肌に負担をかけている場合はあるのでしょうか。
野村洗うことは大事ですが、とにかくこすらないことです。泡洗顔を推奨しますが、泡は量よりも質が大切。たくさんの泡は必要なく、きめ細かい泡なら肌との接触面積が大きくなるので少しの量で汚れが落ちます。やさしく肌になじませて、さっと軽くすすぐことを心がけてください。タオルでこするのもNG。柔らかい清潔なタオルで、やさしく包み込むように拭きます。洗った後は、すぐに化粧水や乳液、クリームなどで保湿をします。
湯船に入らずシャワーで済ませる人も増えていますが、肌にとってはどちらがいいのでしょう。
野村水やお湯も肌に刺激になる場合があります。シャワーはさっと浴びる分にはいいのですが、ずっとジャージャー肌に当てていると皮脂がそぎ落とされて乾燥しやすくなります。油汚れのフライパンにずっとお湯をかけていると油がとれるでしょう、それと同じなんです。湯船に入る前にさっと浴びる程度か、かけ湯の方が肌に刺激が少ないともいわれています。湯船に浸かると血行が良くなり、リラックス効果も得られるので、湯船に入る方が肌にとっても良いと思います。ただし、あまり長い間、お湯に浸かると肌の水分や潤い成分が流出し乾燥しやすくなるので、10〜15分を目安に。また、お風呂から上がると肌から水分がどんどん蒸発するので、すぐに全身に保湿剤を塗るようにしましょう。乾燥が強いときは、ローションの後に油分が多いものを重ねて使うといいですよね。
新型コロナの感染拡大で私たちの生活は一変しました。マスクの装着や消毒などが日常化していますが、肌への影響はあるのでしょうか。
野村大いにあると思います。特に、マスクによるニキビや肌荒れが増えています。女性はシミが濃くなる方も多いですね。ちょうどマスクが肝斑*2のできやすい部分にあたってこすれるのが原因です。以前、不織布マスクと布マスクでの肌の状態を調査したときに、不織布マスクを外した後だけ、肌の水分量が急速に減少することがわかりました。通気性が悪く蒸れるため、外したときに水分が蒸発すると同時に肌の水分量も減少してしまうのです。不織布マスクの内側にシルクやガーゼ、コットンなどを入れると蒸れ防止になり肌荒れが防げると思います。
消毒のせいか、手荒れを訴える人も増えているといいます。
野村そうですね。殺菌作用の強い石けんやアルコールの消毒液は、肌の油分を奪うためバリア機能が壊れやすく、肌荒れを引き起こすもとになります。こまめに手の消毒をすることでさらに悪化しますので、季節に限らず、ハンドクリームなどで保湿ケアを心がけるのがよいと思います。日中は軽めのジェルやローションタイプのものなどを選んで、夜はこってりとしたクリームを塗って綿手袋をして寝るといった対策も有効です。
私たちを取り巻く環境には、肌に刺激となるものがたくさん潜んでいるんですね。クリニックにはアレルギー対応のモデルルームやカフェが併設されていたり、さまざまな肌質に合ったアイテムなども紹介していたりと、患者さんへのメッセージに溢れています。
野村肌にとって衣食住は重要な要素です。たとえばカビやダニ、埃などもアレルゲンになるし、生地素材などもこすれて刺激を起こすものもあります。食のアレルギーがある方も多くいらっしゃいます。低刺激性の化粧品や洗剤から肌にやさしい素材のインナーなどまで、とにかくさまざまな肌トラブルを抱えている患者さんに合う商品や情報を届けたいという思いがあって。カフェでは、アレルギーを起こしている人でも食べられるメニューなどを工夫して提供しています。
肌にトラブルがあると気持ちも沈みがちになりますが、キレイになると気持ちも変わりますよね。
野村そうなんです。ですから、私が患者さんにいつもいうのは「私は諦めません」という言葉。医者が諦めてしまったら治せないと思うんです。その人にとっての最善の治療=オーダーメイド医療を目指しているので、諦めずに病気と向き合い、患者さんに寄り添っていきたいと思っています。
*2 肝斑は、女性の両ほおにできるシミで左右対称にできるという特徴を持つ。発症には女性ホルモンが影響しているといわれているが、紫外線やストレス、摩擦などによる肌のバリア機能低下などが悪化要因と考えられている。
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